お金はあってもなくても、そこに愛がある
みんなが気になるお金のこと
今日は「愛とお金」について掘り下げてみたいと思います。
(インスタグラムやFacebookで投稿した記事のリライト版です)
お金が十分にある時、人は心満たされホッと安心しますよね。
ただ、お金だけでは心は満たせないので、お金の奥にある本質を見ないならば一時的なものになってしまうかもしれません。
お金がない時、たいていの人は不安と恐怖を感じます。
そして「このままじゃいけない、なんとかしないと!」と動かざるを得なくなります。
このように人はお金がある時とない時では、天国と地獄くらいの差を感じるわけですよね。
お金があると愛を感じやすいし、お金がないと愛を感じにくい、というのがほとんどの人のリアルな感覚ではないかと思うのですが、今日はここに疑問を持ってほしいのです。
私はお金がある時にもない時にも、それぞれに性質の違う愛があるのではないかと思ったからです。
母親的な愛と父親的な愛
性質の違う愛を例えてみるなら、母親的な愛と父親的な愛です。
(実際の親というよりは、典型的なイメージですね)
母の愛は無条件に自分の存在を肯定してくれるものですから「あなたはそのままでいいのよ」とやさしく包んでくれます。
今日も当たり前にご飯が食卓に並び、食べられる幸せ。
そんなホッとできる安心感が「お金がある時」に感じるものと似ているのではないでしょうか?
一方で、「お金がない」という恐怖心を煽られる時にあるのが父の愛です。
父の愛は社会性を育てるものですから、自ら創意工夫し成長し「自分の力で人を幸せにせよ」と背中を押してくれます。
または「心を開いて人に助けを求め、協力していきなさい」というケースもあって、人に助けを求めることも人を幸せにすることの立派な手段でもあります。
なぜなら、人を助けると、自分の存在に価値を感じられるからです。
「人に助けさせてあげる」ことも十分な社会貢献です。
いずれにしても「他人に拒否されるかもしれない」というような恐怖を乗り越えていく必要があります。
恐怖心を超えて自分の力を世界で試し、失敗もするけど、その度に成長していく。
「できた分だけお前を褒めてやろう」
そういう父親的な条件付きの愛は世の中で否定されがちですが、私たちが成長していくために絶対的に必要なものなんですよね。
どちらも同じだけ大切なもの
母の愛は安心感がありますが、それだけでは本当の意味で自立することはできません。
働かなくても生きていける裕福な環境で育つとなかなか世の中の厳しさを体感できないのと同じですよね。
かといって父の愛だけでは、元気が出ないので、頑張ってばかりではいつかエネルギー切れになってしまいます。
つまり、どちらかだけでは不十分で、両方の愛を私たちは受け取る必要があるんです。
それによって自分に誇りを持ち、心の底から満たされます。
ありのままで満たされる自分と
人を幸せにできる力のある自分
お金はそんな経験を強烈にさせてくれる存在だと思いませんか?
こう考えると、お金は「ある」も「ない」も関係なく、いつでも味方だと言えるのです。
味方になってしまったら、お金に対してネガティブな感情ってなかなか湧いてこないです。
たとえ湧いてきたとしても、そこにもお金からの愛があるはずだからそこを見ようとするようになります。
好き嫌いを超えて愛を受け取る
結局お金がなくて困っている人は特に「愛を受け取る」が課題なんだと思うんですよ。
そこには「好き嫌いを超えて受け取らねばらなないものがある」はずなんです。
心地よくないものの中にこそ、深い愛は隠れていたりするから。
その場合、父親的な愛であることが多いでしょうね。
察しのいい方はピンときたかもしれませんが、お金との関係をよくしていくには「両親から好き嫌いを超えて愛を受け取っているか?」もテーマになってくるわけなんですね。
ちょっと難しく感じるかもしれませんが、ぜひお金に隠れた愛についてあなたなりに考えてみてくださいね!
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