私の冥界くだり#2「それでも闇は見たくない」

人生、昇るばかりでなく、自ら降りるべき時がある。

それが更年期という世代。

降りるのは自分の心の中。

そして人生の暗部。

その中からずっと見つけたかった自分だけの本当の光をすくい上げ、人生の後半を「私は私でよかった」と納得して生きるため。

私が更年期の世代に入ってから体験したことを5回の記事に分けて綴ります。

#1冬至の夜に陰極まる の続きです。

自信を失っても闇は見たくなかった

輸血することにまでなってしまい、「私は一体何をやってたんだろう・・・」と相当落ち込みました。

今まで頑張ってやってきたことが虚しくなってしまったんです。

「こんなことができる」「これだけ稼いでいる」「こんなに人の役に立っている」

そう感じている時が気分がいいし、そこから自信がついていく。

そんな自分を目指していたのに、体はボロボロ。

体を犠牲にしてつまづいたのは、これが初めてでもないのに。

(20代でパニック症を発症し、ホメオパシーで改善)

そんなことをも含めて、すっかり自信を失いました。

私の大好きな本「ヒロインの旅」にこんな記述があります。

無意識にある男性性に支配されると、満足感が得られなくなる。

何かをやり遂げるとすぐ物足りなくなり、次の課題を必死で探す。

今していることにも価値が感じられず、先のことばかり考える。

心が満たせず不快になり、こう思う。

「そうよ、もっと何かするべきよ。これだけじゃ、まだ足りない」。

その声は、私が文章を書いていると「心理療法の面談が疎かになっているぞ」と囁き、面談をすれば「もっと原稿を書かなきゃダメじゃないか」と非難する。

『ヒロインの旅』モーリーン・マードック著

まさに、私はこんな状態。

調子が悪くても、適当にやり過ごして、とにかく成長していくこと、前に進んでいくことばかり考えてた。

女性性は言語を持たず、体を通して感覚として語りかけてきます。

だから体はずっと叫んでいたんですね。

なのに適当にあしらっていました。

男性性の光の世界の喜びを追いかけていた当時の私は、ちょっと元気になったらすぐに動きたかった。

そんな私に体は「ええ加減にせえ!」とストップをかけたんです。

そして輸血をしてから数ヶ月は自分が何をしたいのかも、すべきなのかも、よく分からなくなってしまったのです。

積み上げてきたはずのものが意味がないような気がしてしまった私は、とにかく「今ここ」だけを見るようにして過ごしていたのをよく覚えています。

靴下干せたな、とか、トイレにちゃんと行けたなとか、当たり前のことができている自分を認めることで、毎日闇の中から小さな光をみていました。

それはとても穏やかで、今ここにはなんの問題もないことを実感できる大切な時でした。

少し、女性性が取り戻せた時だったとは思いますが、それでもやっぱり前しか見たくない、取り返さないと、という傷ついた男性性にとらわれた心の状態だったんです。

そんなだったので、またすぐに「まだわからんのか!」と、体が猛烈なツッコミを入れてきました。

乱暴な解決法

だんだん生活は元通りになっていき、自分の仕事だけじゃなく、大切な方のお手伝いもあって忙しくしていた8月。(輸血から8ヶ月後)

そしたら今度は、子宮に炎症が起こり、入院することになってしまうのです。

ことの始まりは婦人科の検診でした。

子宮筋腫をどう治療するか、私は悩んでいました。

とにかく出血が多いので、時間をかけて自然療法でというのは合わないと思ったので、サポートとして使うのみにして、病院のお世話になることに決めました。

まずはホルモン注射で生理を止めて出血をなくし、筋腫を小さくするという医師からの提案は受け入れました。

ただ、それは一時的な処置でしかないので、その後が問題です。

主治医からは、「もう年齢的に子供を産まないのであれば、子宮摘出をしてはどうですか?(そしたら貧血なんて一発で解消するよ、的な感じ)」という提案がありました。

・・・ちょっと私はびっくりしちゃったんですよね。

えらい簡単に言うやないかと。

子宮全摘出なんて、私にとってはよっぽどのよっぽどの、最後の選択肢にしか思えなかったからです。

子供をもう産まないならとっちゃっていいんじゃないという発想への違和感。

それって、とても体を機械的に見ている感じがして。

出血止めたいなら取っちゃえば?って一見合理的だけど乱暴で、なんだか傷ついちゃうなぁ、と。

まぁ担当の先生はベストな選択として提案してくれているのもわかるし、そもそもそこまで放っておいたのは私なんですけど!

男性性は思考で理解しようとするけど、女性性はただただ「なんかイヤ」ってだけ。

それだけは絶対にしたくないという本能的な感覚があって、何度も言われたけど首を縦には触れませんでした。

(だけど、私の友人で同じような理由で子宮全摘出をした人もいて、その人は子宮に「お疲れさんでした!」と納得して言えてスッキリしたと言っていたので、これはもう人それぞれの感覚なんだろうと思っています)

陰の体験から陽の方向が生まれる

そんな中、その病院での婦人科の内診中に引っ掻かれたような痛みが走り、その翌日から発熱し、感染症になってしまい、3日ほど入院することになってしまったのです。

器具で内壁に傷がついて、そこからバイ菌が入り、炎症が起こったとしか思えない状況でした。(病院は絶対そんなこと認めないけどね!)

いやでも普通ね、内壁が傷ついたくらいでそんなことにはならないはずですよ。

やっぱり私はその時、バイ菌にも対抗できないくらい弱っていたんです。

輸血するくらいの貧血から、まだ何も根本的に解決しないままの体で、元の生活に戻って忙しくしていたからです。

もう女性性はそれを許しません。

きっと、なぜここまでになってしまうに至ったのか、私が真正面から向き合うまでは何度でも体はストップをかけてきたのだと思います。

でも、それをきっかけに大きな決心ができました。

治療方法に納得できなかった病院から他の病院へ移ることにしたのです。

色々調べていく中で、ある方が教えてくれたのは、神戸市内にある子宮筋腫の治療で全国的にも有名な病院でした。

そこに行ったら、「全摘出はする必要ない。筋腫の部分だけ切除できますよ」と言われました。

子宮鏡手術といって、お腹を切らずにできる手術なので、2泊3日で帰れるし、体への負担も本当に少なかったのです。

その時は、助かった!と心から思いましたね。

感染症は「陰」の体験でしたが、それによって本当に私がベストだと確信できる治療方針に出会うという「陽」の方向が生まれてきました。

ここは全摘出を提案されて傷ついた自分を無視しないでよかった!

感覚的な違和感を無視しないで、意地でも首を縦に振らないでよかった!

そして、2019年12月、ちょうど輸血から一年後に、子宮筋腫の切除手術を受けることになりました。

都合の悪いことも全部受け止める

手術を受ける前日になって、やっと私は今までに自分が体にしてきたことがわかりはじめました。

手術は負担の少ないものだとはいえ、初めての全身麻酔で、どこにもメスを入れたことのない私にとっては一大事です。

体に大きな負担を感じ、今までないがしろにしてきたことを心底悔やみました。

「今まで本当にごめん。これからは大切にするから。許して・・・涙」

そんな気持ちが内側から湧いてきて、病室でお腹をさすりながら心の中で叫んでいました。

「これからは大切にする」・・・それは都合の悪いところも全部受け止めるということを意味します。

この一連の出来事と同時進行で、心は昇ろうとするのをやめ(てか、諦め)、降りる方へと向きを変えていくのでした。

自分を大切にするために。

見たくなかった真実を見る冥界くだりのはじまりです。

#3へ続く

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この記事を書いた人

奥 敬子
心理コンサルタント
1972年神戸生まれ。
阪神大震災で被災したことをきっかけに上京し、ソニー・ミュージックアーティスツに入社
PUFFY、氣志團、真心ブラザーズなど、数々のアーティストのコンサートグッズ企画制作を11年間担当し日本全国をツアーで回る。
多忙の中でパニック症を発症したことをきっかけにホメオパシーに出会い、劇的に改善したことから専門家を目指すことに。
日本ホメオパシーの第一人者である由井寅子氏をはじめ、イギリス、インド、フランスなどホメオパシー先進国の教師の元で学ぶ。
2008年に開業し、ホメオパス医学協会の学会では4年連続ステージで事例発表。
ホメオパスとしての実績を積みながら2014年から心理コンサルタントとしても活動。
現在は心理コンサルティングの中に性格心理学のエニアグラム、ホメオパシー、タロットリーディングを取り入れて、ボディ・マインド・スピリットのつながりを太くしていくアプローチを行ない、アーティストや起業家、会社員、主婦など、多様な人々の人生を幅広くサポートしている。

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