自己肯定は「するもの」ではなく「起こるもの」

自我の叫びとどう付き合うか?

いやー最近腑に落ちたんですよ。

自己肯定などの感覚は「行為」ではなくて「現象」だってことが…

もしかしたら前からどこかで聴いていたかもしれないけど、その時の私にはわからなかったんです。

だってこの気づきだって「するもの」じゃなくて「起こるもの」だから。

私たちはいろんなことを「なんとかしようと」しすぎてる。

それは自我の「このままじゃいけない」という、絶対にゴールのないどこかへと向かわせるプログラムゆえだから、これさえ「起こってる」んだけども。

そのなんとかしようとすることが「不自然な行為」を呼んでしまうんです。

不自然な行為とは、「自分を無理に上げようとすること」。

「より良くならなければいけない」という、自我の声に押されて、私らはずっと背伸びをしてきたんだと思う。

上げようとしてるのに上がらなくて失望し、上がったら上がったで一時的な達成感しかない。

そしてまた「もっと上」を目指す…

自己肯定は自然に起こる

でも、私は逆だったんです。

「自分を下げること」で、自然な自己受容、自然な自己肯定が「起こる」ようになったんです。

ここで誤解しないでほしいのは、「自分を下げる」とは「自己否定ではない」し「謙遜」みたいなニュアンスでもないってことです。

ただ「等身大の自分を知って、その位置に戻る」ということです。

等身大の自分というのは、自分が思ってるよりもっと下の方にいます。笑

(下っていう表現は適切でないかもしれないけど、きっとイメージ的には一番近い)

だからあえて、「自分を下げること」という言葉になってしまったけど、結局「本来の自分の位置」に戻るだけのことなんですよ。

え?人はみんな特別で可能性の塊じゃないの?みんなが素晴らしい存在なんじゃないの?と思う人もいるかもしれませんね。

ここでは、そのような定義はもう言うまでもない当たり前の前提としてあるということで、ひとつお願いしますね。

素晴らしい私たちのはずなのに、みんな悩みを抱えて苦しいのはなぜなのか?

やはり、自分の見ている幻想から覚める必要があるんだと思うんですよ。

存在に戻るということ

んで、自分を下げた究極というのが「生きてるだけで丸儲け」なのではないでしょうか?

そこには「行為」がない。

「存在」があるだけ。

「生きてるという現象」があるだけ、とも言えるのかな。

それが私たちの等身大なのではないかと。

存在に戻った時に、あらゆることは自然と起こります。

感謝、許し、受容、肯定…あとなんだろ?

思いつかないけど、きっと自分が「こうなったらいいのに」と行為で実現しようとしていたソレは、なんとかするのをやめた時に起こる。

行為から始まって辿り着けばいい

私はいろんなことに取り組んできて、エニアグラムや占星術で本当の等身大の自分の位置を知りました。

なんとかしたくてした行為だったけど、結局ここに辿り着いたから、全てはよしです。

これからは闇雲になんとかしようとするよりも、自分の行為がどこからきてるのかよく見てみることは、みんなを楽にしていくかなと思うんです。

途中ちょっとキツいこともあるだろうけど、ずっとモヤモヤし続けるよりずっといいと私は思います。

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この記事を書いた人

奥 敬子
心理コンサルタント
1972年神戸生まれ。
阪神大震災で被災したことをきっかけに上京し、ソニー・ミュージックアーティスツに入社
PUFFY、氣志團、真心ブラザーズなど、数々のアーティストのコンサートグッズ企画制作を11年間担当し日本全国をツアーで回る。
多忙の中でパニック症を発症したことをきっかけにホメオパシーに出会い、劇的に改善したことから専門家を目指すことに。
日本ホメオパシーの第一人者である由井寅子氏をはじめ、イギリス、インド、フランスなどホメオパシー先進国の教師の元で学ぶ。
2008年に開業し、ホメオパス医学協会の学会では4年連続ステージで事例発表。
ホメオパスとしての実績を積みながら2014年から心理コンサルタントとしても活動。
現在は心理コンサルティングの中に性格心理学のエニアグラム、ホメオパシー、タロットリーディングを取り入れて、ボディ・マインド・スピリットのつながりを太くしていくアプローチを行ない、アーティストや起業家、会社員、主婦など、多様な人々の人生を幅広くサポートしている。

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