「自分を活かす」の前にある大切なプロセス

本質として存在すること

3月7日に父がこの世を去りました。

最近になってやっと落ち着いてきて、この記事を書いています。

父は昨年の夏頃から寝たきりになり、ほとんど反応がない状態が続いていたのですが、「ただそこにいる」それだけで、明るさを感じて、私たち家族を安心させてくれました。

人って存在するだけで、その場がパッと明るいものなのだな、と感じながら、ほんの5ヶ月ほどでしたが一緒に住み、介護することができました。

今思うのは、父の放っていた本質のエネルギーというのは、話ができようとできなかろうと変わらなかったな、ということです。

いや、むしろ寝たきりになってからの方がさらにそんな父を感じていたかもしれません。

本質をもう少し詳しく私なりに言葉にしてみると、本人が証明しようとしなくても、自然に本人から放たれているエネルギー、という感じ。

父という存在がもたらす「温かさと安定感」。

それこそが父らしさ、でした。

葬儀を経てわかりましたが、それは、私たち家族にとってのことだけではなく、父と関わる多くの方々にとっても同じだったのです。

うちの家は先祖に僧侶がいて、両親ともにとても信仰深いです。

父は、4年前まで、お寺の信者さんたちのコミュニティでリーダーとして活動していたのですが、女性陣に「こうちゃん、こうちゃん」と親しまれた人気者だったそうで。

愛されるリーダーだった父。

「あんないい人はいない」とみんなに言われた父。

それは父が存在だけで落ち着きを人に与えるという癒しの力ゆえだったのかな・・・と思います。

先程も書いたように、本質とはがんばらなくても発揮されてしまうその人らしいエネルギーであり「本領発揮」という言葉がピッタリくるものかと思います。

だけど、本人だけがそれが見えていなくて、自分を証明しようと頑張ってしまう。

(エニアグラム的にいうと、それが囚われです)

そうやって自分の本質がよくわからない次元を生きながら、人生での様々な経験を通じて、自分と向き合うことで目覚めていき、自覚して活かせるようにもなっていき、本領発揮のステージへと進んでいく。

それが、自分という存在を活かして生きるというプロセスではないでしょうか。

父の歩んだ道

父は、葛藤を避けてでも平和を求めるタイプでした。

だけど、本当はそんなにして葛藤を避けなくてもどこまでも平和な人で、無自覚でも周りに安定感を与える人でした。

決して父は人を引っ張っていくような性格ではなく、受け身で自己主張しない人。

そういう性格なので、仕事でも特に出世はしませんでした。(お父さん、ごめん笑)

ただ、穏やかにコツコツと高卒で入った会社を定年まで勤め上げました。

(出世しなくても、それだけで十分にすごくて、それで私は守られて育ちました。お父さん、最高!)

そんな平和主義の父がお寺の大きなコミュニティの中で代表者として任命され、人のために前に立ち、責任を負って尽くした晩年でした。

きっとたくさんの葛藤があったと思います。

本当は、もっとのんびりお菓子を食べてゴロゴロしてたかったんじゃないかな。笑

(してたけど。笑)

亡くなる1年前にはポロッと言っていました「意見の違う人たちをまとめるのにほんまに苦労したんや」と。

その姿はどこか誇らしげでした。

避けたかった葛藤に飛び込み、苦労するプロセスの中で、父は不安定になるどころか、ますます安定し、癒しの力を放っていたように感じました。

人生を通して、避けたかったであろう衝突や葛藤の中に身を置くことで、父は周りの人にとってより安定感のある存在になっていったのかもしれません。

しかし平和な人である分、いろんなことを我慢していたんだろうなぁと想像もします。

お父さん、よくがんばったねぇ。

本質はどこにあるのか

どうやら、人の本質というのは3次元空間にあるものではなく、その外側からやってくるもののようです。

だとしたら、体は死んでも、その本質エネルギーは永遠に存在し続けるのかも知れませんね。

いずれにしても、父の精神は、そこかしこに宿っていて、私の中にも宿っていて、目には見えませんが、人から人へと影響し続けるのではないかと思います。

そういう意味で、人は永遠かもしれない・・・ですね。

父とはいつでも話ができるようになった、そんな感覚でもあります。

世の中、先の見えない恐怖や不安でいっぱいになるような状況ですが、こんな時だからこそ、自分の本質を自覚することがますます重要になってきたと感じています。

これから先、本質エネルギーで生きる時代の到来です。

今の気持ちを丁寧にそのまま受け止めながら、現実にしっかり対処して、新しい時代を迎えていきたいですね。

それが今の時代に生かされている私たちに求められている在り方なのかもしれません。

姉1歳、私0歳、父35歳。昭和ど真ん中。


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この記事を書いた人

奥 敬子
心理コンサルタント
1972年神戸生まれ。
阪神大震災で被災したことをきっかけに上京し、ソニー・ミュージックアーティスツに入社
PUFFY、氣志團、真心ブラザーズなど、数々のアーティストのコンサートグッズ企画制作を11年間担当し日本全国をツアーで回る。
多忙の中でパニック症を発症したことをきっかけにホメオパシーに出会い、劇的に改善したことから専門家を目指すことに。
日本ホメオパシーの第一人者である由井寅子氏をはじめ、イギリス、インド、フランスなどホメオパシー先進国の教師の元で学ぶ。
2008年に開業し、ホメオパス医学協会の学会では4年連続ステージで事例発表。
ホメオパスとしての実績を積みながら2014年から心理コンサルタントとしても活動。
現在は心理コンサルティングの中に性格心理学のエニアグラム、ホメオパシー、タロットリーディングを取り入れて、ボディ・マインド・スピリットのつながりを太くしていくアプローチを行ない、アーティストや起業家、会社員、主婦など、多様な人々の人生を幅広くサポートしている。

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