思考優位から感覚主体へ。私の場合。
最近の出来事と気づきの数珠繋ぎから、私は「集合意識との繋がり」を感覚的に腑に落としているところです。
するとまた観えてきたことがあるので、書いてみたいと思います。
思考優位がやめられない
わかっていたものの、今まで思考がだいぶ忙しかったんですね。
止めようとしても、なかなか止められず、単純作業してる時には思考が止まるなと言うくらいだったんです。(後はお風呂入ってる時くらい)
それ以外は、寝るまでずっと何か考えてるかも・・・という感じで。
もちろん感覚もずっと使ってきているんですけども、思考が強いので、まだまだ浅いところをすくっていたんだな・・・と、今になってわかりました。
エネルギーが読めて、それを言語化できるのは、おそらく私の能力です。
しかし、それが盲点にもなってしまっていた・・・という話。
他の人がなかなか感じ取れないところを感じ取っているから、「私わかってる」って思いがち。
あ〜書いててイタイですが、それに気づけた私に100万点!笑
でも私の感じ取ってる範囲なんて、ほんのわずかな領域だったのです・・・
私がキャッチしてきた、目に見えないエネルギーの、そのもっともっと奥に、とんでもない真髄が存在してる。
よく考えたら当たり前なのにね。
「わかってる」と思い込んでいると視野が狭いので、その先にあるものまで感じられないんですね。
自然に思考が止まる領域がある
いろんな出来事を経て、やっと、少なくとも今まで感じ取っていたところよりも、何段階か深いところにあるものを感じられるようになったかなぁ。
これは、終わりがなく、どこまでも深さのあるものなのでしょう。
自分が進化成長しなければ、その奥の存在に気づくこともできなかった。
ある段階にこないと感じられないレベルのものというのが、常にあるのだろうなと思います。
そんなことが腑に落ちて、浅いところや深いところを行ったり来たりな感覚が強まっています。
で、深いところに行こうとすると、自動的に思考が止まるんです。
なぜなら、奥の奥の奥にあるものは、相当感覚主体じゃないと触れられない領域だからだと思うのです。
思考が働いていると、そこには届かない。という感覚なのです。
だから、最近、思考を働かせる頻度が減ってきていると思います。
するとね、「あれ?私だいぶ頭悪いな」と感じるんですよね。笑
ここで言う頭が悪いは、思考が働かないってことです。
今までパパッとできた、情報処理がなんか遅い。
これは非常に喜ばしいことと思っております!
私はおそらく、人よりもアンテナが外に向けて、たくさん貼られていて、今までものすごい情報量がなだれ込んできたんだと思うんです。
それをいちいち情報処理するのに思考がとにかく忙しかった!
これは「わかる〜!」と言う、敏感なタイプの人多いんですけども。
それがね、チューニングするところが変わったら、思考が減ってきた、という感じなんですよ。
脳の使い方が変わったのかな?わかりませんが。
「そうか〜、どこにチューニングしてるかだったのか〜!」と納得しましたよ。
今までチューニングしていた領域というのは、ある意味言語化が簡単にできる領域で、言語化が得意な私は、ことごとく言語化して行っちゃうみたいなイメージで。
それを情報処理と言っています。
そこにチューニングしてると、いくら情報処理しても追いつかない。
でも奥の方の領域って、「言葉にならない」もので。
言語化した途端、平たい感じがして、あれ?ってなる。
その言葉にならない領域にチューニングしていると、情報処理できる範囲でもないので、シーンとなるというか・・・
あ、瞑想ってそういうこと!?とたった今書きながら思いました。笑
(すんません、瞑想ってほとんどやったことなくて)
だから、時と場合によって、チューニング変えたらいいのかぁ、みたいな。
いやどうなのか、これから体験で確認していきます。
もっとシンプルになっていくのが楽しみです!
今までの「思考優位」から「感覚主体」へ。
思考優位は、感覚を説き伏せるようなところがあって。
感覚主体は感覚を大事にしつつ、思考も使う感じです。
どっちも大事なので、その時その時のバランスを大事にしたいですね。
だって、感じてる場合じゃねぇ!って時もあるしね。
考えても意味ねぇ!って時もあるしね。
自分がどんなバランスでいると本領発揮できるのか、一生追究って気がしますね〜
いやしかし、何度「奥」と書くのか。笑
ここにきて、私は本当に「奥敬子」なんだなぁとしみじみしています。
奥=目に見えないもの、簡単には届かない領域のもの
奥を敬うのが私の人生の学びであり、使命。
そこにはご先祖や、もっと言えば前世なども入ってくるかもしれません。
どこまでも目に見えない領域を感じていくと、自分がどれだけの存在に支えられ、生かされてきたのか、やっとやっとわかってきたところです。
頭ではなく、腹で。
自分という存在の奥の奥の奥も、まだまだわからないことだらけ、可能性の塊、ということなんですよね。
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