こんにちは。奥敬子です。
先日、ある方とお話をしていて、
「特別になりたいのにどこまでも普通と思ってしまう自分が常にいる」
という話題がのぼりました。
その方はアーティストでとても特別な作品をたくさん生み出している人です。
だけど、こんな普通じゃだめだ、世に出せないって思いがちで、お蔵入りにしている作品も結構あるのだとか。
「いつも特別でいたいって思っている自分と、どうせ私は普通と思っている自分と裏腹なんですよね」
とおっしゃったので、なるほどねと私は納得しました。
「特別でいたいけど、どこか自分は普通なんじゃないのか!?というある種の疑いが、どこまでも特別な作品を生み出す原動力になってきたんですね。
最初から自分は特別だ!と確信して、そこにあぐらをかいてたら、こんな風にはなっていないでしょ?
”私は普通かもしれない”は必要な前提だったんですね!」
と私はお話ししました。
途端にぱぁぁっと雰囲気が明るくなって、表情まで変化されてました。
この方が「自分の中の普通の部分を成長の糧にしてきた」という意味で、「普通の部分があってよかった」とマルをつけたら、もっともっと飛躍されることでしょう!!
普通があるから特別がある。
特別を求めるがあまりに普通を消してしまおうとすると、それはとても辛いと思う。
そもそも普通って何!?って感じなんですけども。
ここで言う普通のイメージはしょーもない、って雰囲気ですね。
普通という言葉に見出す意味合いは人によってずいぶん違うと思います。
アーティスト気質の方には、普通ではいやだという感覚をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
普通では注目されないという思い込みがあるのかもしれません。
しかし、人生って深く観れば観るほど、なーんと無駄のないことかとつくづく思います。