プロフィール

このページをご訪問いただきありがとうございます。奥敬子です。

「私はこのままでいい」と「私はもっとできる」の両方を大切にして、自分らしい幸せを実現するための心の学びと実践を提供していくことを仕事にしています。

ここでは私がどんな人生を送ってきた人間なのか、一部ではありますが紹介したいと思います。

よろしければどうぞお付き合いください。

阪神大震災で自問した「私はなんのために生まれてきたのか?」

1972年に神戸で生まれました。

子供時代はわりとなんでも平均的にこなす子供という感じでした。

時々どうしてもやりたい!と思うことがあると信じられないくらいの行動力を発揮して実現してしまうようなところもありました。(8歳くらいの時に家でコンサートひらいたり、バレーボールチーム作ったり笑)

一方で体力がなくて朝礼で最後まで立っていられたことがなく、乗り物酔いがひどく、引っ込み思案でもありました。

中学校ではバスケ部、高校では軽音楽部でバンドを組み、ドラムを担当し、楽しい学生生活を送りました。

短大を出て、就職した会社を4ヶ月で辞め(配属された経理には本当に向いてませんでした・・・)、フリーターをしてから再就職したのは印刷会社でした。

そこで製版という技術職についた私は、仕事をそれなりに気に入っていました。

そして阪神大震災。

震度7の地域で被災した私は「生かされた」という体感が強くあり、「だったら私はなんのために生まれてきたのか?」と自問することになりました。

出てきた答えは「音楽に携わる仕事がしたい」でした。

そして、なんのあてもなく高校の同級生と一緒に上京。

かなり幸運な形で、コンサート業界の仕事に就くことができました。

大好きなアーティストたちと一緒に全国をコンサートツアーで回る仕事につき、11年勤めましたが、毎日が文化祭のような楽しさと、朝から深夜まで続く過酷さを併せ持つ仕事でした。

札幌のコンサート会場にて現地のバイトさん達と
本当にお世話になりました

パニック症で行き詰まった人生

11年勤めた会社を辞めるきっかけになったのは、体調不良でした。

不規則な生活のハードワークの中でパニック症になってしまったんです。

私の思うパニック症の条件

・体が冷え切っている
・一人でなんでも抱え込む癖がある
・人に助けてが言えない
・不安が強く、その不安から逃げている

これが見事に揃っていました。

ですが、パニック症をなんとかしたくて自然療法のホメオパシーに出会い、劇的に改善するという体験をします。

ホメオパシーの本を読んだ時に「これだ!やっと出会えた!これで治る!」という感激でいっぱいになったことを今も鮮明に覚えています。

自己治癒力を触発するホメオパシーで、パニック症や皮膚病など、いろんな不調を克服した私は、ホメオパシーの魅力に完全にハマりました。

そして、「本格的に学んでプロになる!」と決意し、故郷の神戸に戻って専門学校に通い、ホメオパシーの専門家(ホメオパス)になりました。

30歳を過ぎて、これからどう生きていくのか、全く先が見えていなかった私がパニック症という病気から新しい道を見出したのでした。

本当に人生、なにがいいことで、なにが悪いことかなんて、決められませんね。

「パニック症を乗り越えてくれてありがとう」

過去の自分に何度も伝えている言葉です。

2008年にホメオパスとして起業

起業して5年目の頃

張り切って起業したものの、それからホメオパスとして食べていけるようになるには、5年くらいかかりました。

派遣の仕事をしながらなんとか食いつなぎながら少しずつ実力をつけて、5年を過ぎたあたりから、ホメオパシーの学会で毎年、改善したケースの発表をさせていただけるようになり、徐々に仕事は軌道に乗っていきました。

なかなかお客様が増えず試行錯誤を重ねて成果を出していったプロセスが、知らないうちに自分に「コツコツやればできる」という自信をつけさせてくれていたのだと思います。

ですが、一気に仕事がうまく回っていくようになったのは、2014年に心理コンサルティングに出会ってからのことです。

意識ひとつで、現実に起こること、お金の流れはこんなにも変わるんだ!ということを体験しました。

それまではホメオパスとして自分がやっていることの価値を自分自身がなかなか認められず、なんとか収入はあるけどもいつもギリギリでやっている感じだったんです。

でもコンサルティングを受けながら自分と向き合って、私がホメオパシーを通してやろうとしていることはなんなのか?という本質を言語化した瞬間に、目の前がパァッとひらけたんです。

すると、「そんな私ならもっとできることがたくさんある!」と、アイデアがどんどん湧いてくるようになって、どんどん発信ができるようになりました。

その結果、多くのお客様と出会えるようになり、売上も4倍になったんです。

なんとかギリギリ生活していけるところから、心のゆとりもでき、自分の学びに投資してさらにお客様にお役に立てるようになるといういい循環もできるようになりました。

私もこんな素晴らしい意識改革のお手伝いがしたい!と思っていたところに心理コンサルティングの先生から声をかけてもらって弟子入りすることになり、5年ほど学ばせてもらいました。

ホメオパス時代からのべ3000人以上のセッションを積み重ねて辿り着いた場所でした。

ずっと逃げてきた姉との関係

私には統合失調症の姉がいます。

東京で働いていた時は、その事実を頭の中から遠ざけ、まるで姉などいないかのように生きていました。

「家族のことには触れられたくない・・・」そんな想いでした。

しかしその裏でずっと私にのしかかっていたのは、将来でした。

いずれ姉の面倒を私が見なければいけないのではないか・・・

統合失調症になってしまった姉をとても受け入れられなかった私は、その将来に絶望しか感じませんでした。

ホメオパシーを実践することは、体だけでなく心と向き合うことでもあります。

それを職業にしてしまったことで、自分の中の姉の存在と向き合う長い道のりが始まりました。

数年の歳月を要しましたが、心理コンサルティングを学んでいたことで、マイナスにしか感じていなかった姉の存在が、実は私をとんでもなく成長させてくれていたのではないか?という気づきが訪れました。

それはもう世界がひっくり返るほどの大きな気づきでした。

精神を病み、家族に葛藤を生む存在として生きることを姉が選んだのだとしたら、それはすごいことなんじゃないかと思うようになりました。

周りを成長させる道を選んだということだったんだと思ったんです。

私はそこに無条件の愛を感じたんです。

そこから姉を見る目はどんどん変わっていきました。

決めつけがなくなったら、姉の素晴らしさ、面白さ、しっかりしたところ、一生懸命なところ、素敵なところがたくさん目に入るようになり、もう本当に驚きでしかありませんでした。

かわいそうと思っていたことも、とても失礼な話だったと気づきました。

また将来私が面倒を見なければいけないという絶望も、私が傲慢なだけだったことにも気づきました。

紆余曲折ありましたが、姉のおかげで私はありのままの自分を少しずつ受け入れ、自分の人生を生きられるようになったなと思います。

今は当たり前にこれからずっと支え合っていくだろうなという感じですし、将来を悲観することはなくなりました。

ここに辿り着くことができたのは、自分の汚い本音とさんざん向き合い、本気で自分と向き合い続けたからなのは間違いありません。

そして2019年頃から、姉との日常をマンガに描きインスタグラムで発信するようになりました。

ずっと存在を隠したかった姉のことを自慢の姉としてマンガにしてしまうなんて、私からしたら奇跡でしかありません。

統合失調症のご家族のいる方に、少しでも何か希望になれば嬉しいと思い始めましたが、たくさんのご家族の方と繋がることができました。(2023年に大学に入ってから更新はお休みしています)

インスタのアカウントは

@yocchan_comic

です。

フォローしていただけたら嬉しいです!

置き去りにしてきた心の闇を向き合う時が来た

マンガを描くようになる直前の2018年12月。

私はひどい貧血になり、輸血を受けることになりました。

原因は子宮筋腫ができていて生理のたびに大量出血していたことです。

そんなにわかりやすくサインが来ていたにも関わらず、私は自分の体と向き合おうとせず、輸血をしないと危ないくらいの重度の貧血になってしまいました。

2018年冬至の出来事です。

貧血に隠されたメッセージは「あなたは自分を見失っていますよ」ということです。

この頃の私は仕事がとても順調で全国を飛び回り、たくさんの人に必要としていただき、お金もたくさん入ってきて、表面だけ見れば順調そのものだったんです。

しかしその奥で少しずつ体調不良を感じていました。

でも止まるわけにはいかない・・・そんな気持ちで、都合の悪いところを無視し続けていたんです。

それは姉に対してやっていた態度と同じでした。

そしてとうとう追い込まれてしまったんです。

2019年〜2020年のコロナ禍にかけて、私がどっぷりと自分の見たくなかった心の暗部への旅に入りました。

世の中の流れともリンクし、社会的な活動は最低限になり、ひたすら自分の心の中へと意識を向け続け、汚い本音、後悔、自分を正当化したい気持ち、人のせいにしたい気持ち、怒り、憎しみ・・・そんな「私は関係ない」と言いたくなるような気持ちを覚悟を持って見つめた期間でした。

そんな感情的な部分をそのままに受け止めていくと、不思議なくらい体に力がみなぎるのを感じました。

それまで、自分をいいと思うところ、人に見せても大丈夫なところ、そんな良い自分でいようと必死だった時にはどんどん体が疲弊していってたので、本当に驚きました。

自分の心のネガティブな気持ちはとらわれることなくただ存在を認めて見届ければいいんだ、とわかってからは、とても安心できるようになりました。

そして、それはそのまま自分のコンサルティングのスタイルへとなっていきます。

★2018年から私が体調不良をきっかけに自分の心の闇と向き合った体験談を綴ったシリーズ「私の冥界くだり」は下記のリンクからどうぞ(2022年に書いたものです)

私の冥界くだり#1「冬至の夜に陰極まる」

私の冥界くだり#2「それでも闇は見たくない!」

私の冥界くだり#3「私を落ち込ませろ!」

私の冥界くだり#4「自我のとらわれから自由になる」

私の冥界くだり#5「本当の願望実現へ」

エニアグラムとの再会

心の暗部と向き合う旅が始まった2019年の秋ごろから、私はエニアグラムを深く勉強するようになりました。

(エニアグラムとは、5000年前から中近東で受け継がれていた秘伝をベースとして(諸説あり)、1950年代にオスカー・イチャーソが考案した9つの性格のタイプによる性格分析法です。)

実は夢中になったのは2回目で、最初は2011年頃の話になります。

当時はエニアグラムに詳しい友人と、ホメオパシーとエニアグラムのコラボセミナーなんかもやっていましたが、私自身の理解は浅く、いつの間にか遠ざかっていました。

ところが新たにエニアグラムの本が出版され、私の周りでブームが起こっていたのをキッカケに、魅力を再び感じるようになりました。

輸血をしてから8ヶ月経過した2019年の8月に、またちょっと無理をしてしまって体調を崩し、短期入院をしてしまったことをきっかけに、私はすっかり自信をなくしていたんです。

そんな時に私を助けてくれたのがエニアグラムでした。

エニアグラムを学ぶと、「私」という自我がどんなことを恐れ、その結果何を欲し、どんな行動に出てしまうのかがわかります。

それは図星すぎてグサグサくる内容なのですが、だからこそそれを受け入れた時に今までに見えていなかった自分の姿が見えてくるようになるんです。

すると、自分の欠点を隠したり埋めようとするのではなく、ただ軽やかに笑って話せるようになりました。

エニアグラムでは「私」の理解、「あなた」の理解が本当に深まり、「あなたも私もこれでいいのだ」と心底思えるようになっていきます。

ここに辿り着けたのも、体調を崩して一旦自信をなくしたからです。

どんなにネガティブに感じることも、その中には必ず光があります。

ネガティブを避けていたらその光に気づくことができません。

だから、ネガティブと感じることも含めて自分の全体像を取り戻すことがとても大切だと思っています。

自分が作った心の檻から抜け出す

そして2021年からは師匠の元を卒業して、独自の心理コンサルティングをご提供するようになりました。

それは自分に集中し、その中から何が生まれるのか見てみたい、という魂からの声に従ったからでした。

「私に付け足すものなど何もない。

なんとかしなければならないことは、何もない。

なぜなら私たちは本来、幸せで安らいでいて喜びに溢れた存在だから。」

この大前提からもう一度始めることにしました。

これは精神的なことを言っています。

(物質的には足したり引いたり、その時々で必要ですよね。)

今までずっと精神的に不足感を感じ、いつか今よりもっといい状態になることを期待して行動し続けてきました。

でもその「足りない」ということ自体が幻想なので、そこから目覚めないことにはいつまでも同じところをグルグル回ってしまうだけです。

お金、人間関係、健康など、「ここが改善すれば人生もっと自由になるのにな・・・」と思うことが誰にでもあると思います。

その停滞の中には自分を解放していく扉があります。

私自身もその扉をたくさん開けてきたと思いますし、お客様の停滞したところも一緒に紐解いていくことで人生のブレイクスルーに立ち会ってきました。

悩みって本当に私から見ると宝の山で、紐解くのにワクワクしてしまうくらいなんですね。

そして、悩みの根本原因がわかって晴々した顔になるお客様を見るのも本当に大好きです。

これからも、どんどんそんなお顔に出会っていきたいと思っています。

私の願い

体調不良をきっかけに始まった心の内側への旅はそれからずっと続いています。

私の人生で姉の統合失調症という病気はとてもインパクトの強いものです。

40代に入るまで姉のことを受け入れられず、統合失調症である姉を恐れてもいました。

でも、自分の心の闇に向き合ってからは、姉に投影していた自分の闇が解放されて、姉が眩い光の存在に変わってしまいました。

これは私にとって経験で、もし必要としてもらえるなら、統合失調症の家族を持ち私の方に悩んでいる方の力になりたいとも思っています。

そう思って描き始めたのも姉よっちゃんのマンガですし、現在は通信制の大学で心理学と福祉を学んでいるところです。

どんな形になるかはまだはっきりしていませんが、何かしらの形で癒しと力を共有できたらいいなと思っているところです。

すべてのサービスは私の体験から構築しています

心理コンサルタントとして私が提供しているメニューはすべて私の人生を変えたもの、私の人生から生まれたものから作られました。

その都度、インスピレーションがやってきた時に単発のオンライン講座を開催し、その際に個人コンサルティングやオンライン講座コースのご案内もしています。

心がときめいたり、面白そう!と思ってくださった方はぜひ一度覗いてみてくださいね。

多くの方が苦悩から自由になり、自分らしさに目覚めて、いきいきと毎日を生きられる人が増えることを願っています。

長文をお読みくださり、ありがとうございました。